新型コロナウイルスのカオスから生き残るための意思決定力

問題は解決への糸口であり、解決策はまた問題を生む?

すでに、新型コロナウイルスにより世界中で3万人以上の方が命を落とされました。今回のパンデミックと比較して話題になるのは、1900年代初頭のスペイン風邪の大流行です。この時は、北極圏から太平洋の孤島まで、推計で最大5,000万人もの方が亡くなったと言われています。

僕の曽祖父、ヴィタリス サバワ(Witalis Cabała)は、1913年に現在のポーランドからの移民としてアメリカに渡りました。時はまさにスペイン風邪が世界的流行をしていた頃です。そして、曽祖父もこのスペイン風邪に感染し、アメリカのクリーブランドで永遠の眠りにつきました。曽祖父の入植が成功すれば、家族はみなアメリカに移住していたでしょうが、結果的には定住を前にスペイン風邪に倒れたために僕の祖先は現在のポーランドに残り、家族を成すことになりました。それが僕の誕生につながったわけです。

意図せず、コントロールのできない状況によって、常に世界の人々は無数の選択肢の海を泳ぎ続けています。良い悪い、正解不正解のない世の中で、複雑かつ厄介な問題とどう向き合って行けば良いのでしょうか。

複雑で厄介な問題とどう向き合うか

新型コロナウイルスに端を発する世界的な景気後退が危ぶまれるようになってから、あなたはどんな手立てを打ちましたか?どんな変化を自ら起こすことができましたか?

パラダイムシフト(Paradigm shift)とは、これまでの思想や価値観、社会観念が劇的に変化することをいいます。地球上では常に何かしらの問題があり、解決が求められている中で、斬新なアイデアにより問題の背景に切り込むために、常識を疑い、固定観念を捨てて「見方を変える」ことが必要とされます。

まさに今、経営者が立ち向かうべき状況は複雑かつカオス(渾沌)になっています。そもそも、グローバル化と人口減少が同時に進行している現在の日本は、すぐに解決策が浮かばないような複雑な問題が増えています。加速する少子高齢化にどう対策を打つのか、グローバルでのビジネス競争をどう生き抜くのか、人工知能やロボットとの共存など。こうした従来課題も背負いながらも、この新型コロナウイルスによる景気後退を乗り切るための事業転換、所謂、パラダイムシフトが企業組織はもとより、個人の生き方においても求められているのではないでしょうか。それも、今この瞬間に。

このような、すぐには解決できない厄介な問題を、英語で「ウィキッドプロブレム (Wicked problem)」と言います。「ウィキッド」は「邪悪な」「腹黒い」といった意味で、『オズの魔法使い』から派生したミュージカルのタイトルにもなっています。

例えば、日本と韓国の関係はかなり複雑で、典型的なウィキッドプロブレムです。シリアの内戦や、中東から欧州への移民の問題も厄介です。なんとか解決しようともがけばもがくほど、余計に状況がひどくなる。国際情勢から社会問題、企業活動まで、こういう厄介な状況はこれから先、どんどん明るみに出ていくでしょう。

世界の問題はこれからもっと噴出する

テクノロジーの進化によって、情報の流通に歯止めがかからなくなってきたことも、この厄介な状況が社会問題として認知される原因の一つです。誰でも、いつでも、どこからでも情報を入手できるし、誰かにとって都合の悪い情報ほど、瞬時にものすごい勢いで拡散していきます。

例えば、NETFLIXです。映画からドキュメンタリー番組まで、さまざまな動画をものすごく早いサイクルで配信しつづけるメディアとして注目を集めています。お気づきの方も多いと思いますが、ビッグデータとしてどこでどんな使い方をされているか、世界の移民の問題、さらに最近ではパンデミックなど、これまでのメディアでは公然と取り上げられなかった、複雑なテーマが、世界中の人々の元に届けられているのが事実です。人々が「舞台裏」を知れば知るほど、好奇心を持てば持つほど、SNSなどを通じて、問題はさらに明るみに引きずり出されます。関与する当事者は批判にさらされ、脅迫まがいの誹謗中傷コメントが殺到します。いわゆる「炎上」です。話題になれば、既存のメディアがニュースとして取り上げることもありますが、発火点はネットという事例がどんどん増えています。

炎上が怖いのは、何が原因で人々の怒りを買うか、簡単には予測できないことです。最近ではわざと炎上させて注目を集める「炎上マーケティング」と呼ばれる手法も登場していますが、たとえ細心の注意を払っていても、悪意を持った誰かに狙い撃ちにされると、個人も組織も瞬時に炎上しかねない雰囲気があります。

事前に予測が成り立たないと、適切な予防策を取ることができず、対応が後手に回りがちです。何かが起きてからその度に対応するのでは、問題そのものをなくすことはできません。かといって、問題が発生するのを予測するのは困難です。これから先、ウィキッドプロブレムが増えるのは、ある意味、当然かもしれません。

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ひと口に「問題」といっても、これから僕たちが直面するであろう状況はさまざまで、適するアプローチの仕方はその都度、変わってきます。状況に応じて適切な意思決定を行うための「クネビン・フレームワーク(Cynefin Framework)」では、図のように問題を4つに分類しています。

1.明らかな問題〈Obvious Problem〉

右下の「明らかな(Obvious)問題」というのは「Known Knowns」、つまり「何が問題かわかっている」状態です問題がシンプルで、答えもすぐに見つかるようなタイプの問題を指します。

例えば、「テーブルが汚れている→何かで拭けばいい→濡れたタオルで拭けば汚れがとれやすい」「数字をわかりやすく表示したい→エクセルに取り込んでグラフに加工すればいい→この数字には棒グラフがふさわしい」のように、問題のありかがはっきりわかっている状況です。過去の経験からどう解決すればいいかもすぐに見通しが立つので、一番ふさわしい解決策、つまりベスト・プラクティスを選ぶことができます。

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解決に至るまでの手順は、①問題のありかを把握し(sense)、②過去の経験に照らし合わせて分類して(categorize)、③対策を講じる(respond)、ということです。この手の問題なら、それぞれのメンバーが解決可能です。必要なプロセスさえ整えておけば、誰もが通常業務としてスムーズに遂行できます。

2.込み入った問題〈Complicated Problem〉

右上の「込み入った(Complicated)問題」というのは「Known Unknowns」、つまり「何がわからないかがわかっている」状態です。プロの手を借りれば解決するテクニカルな問題と言い換えることもできます。

例えば、腕時計が動かなくなって困ったとき、自分で直すのは難しくても、時計屋に持ち込めば職人に直してもらうことができます。自分には原因がはっきりわからなくても、その道のエキスパートが問題を分析すれば、いつかは必ず答えが見つかります。

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①問題のありかを把握し(sense)、②専門家が分析して(analyse)、③対策を講じる(respond)、という流れで解決する。ベストとは言えないまでも、最良の解決策、グッド・プラクティスを見つけることができるはずです。

最終的に、どの専門家の意見を採用するか、リーダーの決断が鍵になります。ただし、なかなか問題が解決しないようなら、状況はもっと複雑なのかもしれません。

3.複雑な問題〈Complex Problem〉

続いて、左上の「複雑な(Complex)問題」です。英語の「Complicated」と「Complex」は日本語にするとどちらも「複雑な」と訳され、ややこしいのですが、意味するところはだいぶ違います。「複雑な(Complex)問題」は「Unknown Unknowns」、つまり「何がわからないかもわからない」状態です。何がわからないかもわからないから、とりあえず試してみるところから始まります。Complicatedは問題がパーツに分かれていて、特定しやすいのに比べて、Complexは問題特定がしにくく、因果関係が掴みづらい、かつ対象がコントロールできない自然や思想、仕組み、人の問題であることが多いです。

例えば、今回の新型コロナウイルスが巻き起こしているのが、まさに複雑な問題と言えるでしょう。東京オリンピック・パラリンピックを延期しないよう、IOC、JOC、日本政府、東京都などの関係者の間で、ギリギリまで苦悩の折衝が続いていたものと思います。経済への影響や、ここにあわせてトレーニングを積んできたアスリートへの配慮があったはずですが、最終的にはこれ以上の感染を防ぐためには妥当な判断だったとも言えます。

現在は、東京をロックダウンする話も現実味を帯びてきました。これ以上の感染拡大に歯止めをかける手立てとしては有効ですが、日本経済への打撃を考えれば不安な気持ちも入り混ざります。どちらの選択肢も正解であり、正解ではない。こうした違和感に向き合い、行動し、状況に変化を起こし続けることができるかが、まさに複雑な問題に対峙すべき姿勢なのです。

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何が問題かもわからないような「複雑な問題」に対しては、①試しにやってみて(probe)、②問題のありかを把握し(sense)、③対策を講じる(respond)、という手順で解決するしかありません。解決策はすぐにはわからないから、いろいろ調べていくうちに、徐々に立ち上がってくる。これを創発「Emergent Practice」と呼んでいます。

この場合、さまざな関係者の話を聞いたり、全員で話し合ってもらったりすることで、解決の糸口が見えてきます。みんなが自由に話し合う環境を整えることが重要になります。時間はかかるかもしれませんが、こういうプロセスを経ることで、問題の因果関係が見え、テクニカルに解決する手法が見えてくるでしょう。

4.渾沌とした問題〈Chaotic Problem〉

最後は、左下の「渾沌とした(Chaotic)問題」です。文字どおりカオスと化していて、「Unknowable Unknowns」というのは、つまり「わかりようがない、探してもわからない」状態です。シリア内戦の問題がまさにこれです。いろいろ考えても埒が明かないから、とにかく行動するしかありません。

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例えば、火事が起きたときに火元はどこで、原因は何かということを調べている時間がありません。とにかく火を消す、危険なら逃げる。対策を考えるのはその後です。そのため、①まず行動し(act)、②事後に問題のありかを把握して(sense)、③同じ問題が起きないように対策を講じる(respond)。この流れで対処するしかありません。危機管理としての緊急対応である行動をとれば、そのあとのプロセスは「複雑な(Complex)問題」と同じです。これを、その場で「火事だ!」と叫びながら新しい道を見つけなければならない、「Novel Practice」と言います。

欧州や米国など、まさに今、街がロックダウンしてすぐに市民一人ひとりに責任を伴った行動が求められている、日本では外国籍の入国が制限されている、渾沌とした状態と言えるでしょう。

問題のありかを見誤ると、いつまでも解決できない

ビジネスの世界で、たびたび大きな障害となるのが、「複雑な(Complex)問題」です。日常的には「込み入った(Complicated)問題」も多数発生しますが、専門家を入れて問題を分析したりシステムをつくったりすれば、大抵は解決できます。しかし、「複雑な問題」は一筋縄ではいきません。

ある会社から、部下の定着率が悪いので経営者をコーチングをしてほしいと依頼されました。業務に支障が出るほどの緊急事態とのこと。僕は早速、その部下の人たちと会って何度も話をしてみたのですが、能力的に問題があるようには見えませんでした。行動や態度、考え方に得に気になる点はありません。

いろいろ調べてみると、どうやら問題は部下ではなく、経営者の方にありそうだということがわかってきました。それまでもその経営者は、うまくいかないチームを立て直そうと、人事に手を入れてみたり、予算をつけて研修をしてみたり、時には直接部下たちに怒ったり、なだめすかしたりして、いろいろ手を尽くしてきたそうです。しかし、なかなか変わらない。原因が別のところ、つまり自分にあったからです。

「複雑な問題」に対して、いろいろ試してみたところまではよかったのですが、問題のありかを把握しきれていなかった。だから、結果として待ったなしの「渾沌とした問題」のように、その経営者には見えていたというわけです。

同じようなケースは日常の至るところでも見つかります。田舎で暮らす父親が自動車を運転していたとして、最近、実家に帰ったときに車を見たら、あちこち小さなキズができていたとします。そのとき、修理に出してキズを直してもらうのは「込み入った問題」に対する解決策です。

しかし、それでは根本的な解決にはなりません。高齢で身体がうまく反応できないことが原因で、車を擦ってしまうのだとしたら、父親に運転をやめてもらうしかありません。ところが、地方は車社会だから、車なしでは生きていけない。そうなると、話はどんどん複雑になって、自分が実家に戻るか、父親を近くに呼び寄せるか、という選択を迫られることになります。

状況や問題の見極めができない、感情が入り思考を制御できない時には、まず一度その場や状況から離脱することも必要です。落ち着いて、冷静になって、客観的に問題を見つめた上で、その問題が4つのうちのどれに近いのかを考えてみましょう。

We are the problem. 我々自身は問題である

さきほどの4つの問題から見えてくるのは、 手法(テクニカル)の問題か、自分自身の変容(アダプティブ)の問題かの2種類に分けられることです。「明らかな問題」や「込み入った問題」は専門性のある知識や手法を使って解決できるテクニカルな問題です。自分が問題を客観視できることがポイントになるので、“We have a problem.” と言えます。これに対して、アダプティブな問題として、「複雑な問題」や「渾沌とした問題」は、“We are the problem.” 、つまり自分が問題を起こしている原因であることを客観視できない状態と言えます。この場合、問題の起こっている状況への適応力、つまりすぐに動くことが求められます。これにより、思考パターンと信念、価値観を変えるパラダイムシフトを迎えるのです。

国や行政、企業経営者がそれぞれの領域で早く実験を回し、その結果をシェアして得られる集合知が、新しいパラダイムをかたち作る第一歩になります。

人間はそもそもバイアス(偏見)を持った生き物です。バイアスで物事を捉えてしまい、間違った手法で解決しようとすると、根本的な問題解決どころか問題の拡大を引き起こしてしまうこともあります。

今回の新型コロナウイルスも、テクニカルだけでは解決できないような、複雑な問題が背景にあるのではないでしょうか。個人の意識や倫理観、そういった人間性を形成する教育のあり方、人の密集する公共交通機関の設計、さらには街の構造、メディアや行政の仕組みなど、さまざまな問題が見え隠れするはずです。これは日本だけでなく、全世界で人類が抱える問題です。この新型コロナウイルスショックが明けた時、世界はどんなパラダイムになっているか想像してみましょう。そして、新しいパラダイムにおいて一体ビジネスの起点はどこにあるのか、価値基準はどう変わるのか、描いてみてはいかがでしょう。

The problem is the solution. The solution is the problem. 

問題は解決への糸口であり、解決策はまた問題でもある

新型コロナウイルスが問題である一方で、同時に、新型コロナウイルスを通して、世界のさまざまな問題が見えてきました。

SDGsも含めて、これまで是であると考えられてきた世界の問題への解決策には、ほころびがたくさんあったことにも気付かされます。だからこそ、ビジネスのあり方や個人の生活、消費のあり方、教育のあり方への解決策としてのパラダイムシフトの時なのです。経営者に今求められるのは、問題発生と解決策、そしてそれによって生み出される新たな問題の「負のスパイラル」に飲まれることなく、新しいパラダイム、つまり価値循環の構造を再構築することに他なりません。

昨今の状況にヒステリックに反応するケースも多くみられますが、パニックに陥らずに冷静な危機管理のあり方を見極めて、行動する必要があります。自分自身のSNSや知人友人、家族、同僚への言動は果たして冷静な危機管理に基づいていると言えるでしょうか。日本人の傾向として、僕が感じるのはパニックと冷静な危機管理のどちらとも取れない極端な反応です。行政から外出自粛要請が出ている週末にも関わらず、渋谷の街なかをたむろしている若者たち、そうかと思えばスーパーマーケットの食品を、本当にそんなに必要なのかと疑うほど買いためる人たち。どちらもパニックと、あっけないほどの落ち着きのニ極でありながらも、とても危機管理と言えるものではありません。ヒステリックに反応する(Reaction)のではなく、冷静に責任ある行動をとる(Response)ことが大事です。

満員電車に懸命に乗り込んでオフィスに向かっていたこれまでを、鏡に映して冷静に見れる時です。かつては当たり前とされてきた働き方、生き方も、今となってはたくさんの副作用をもたらしていることにも気づくはずです。「世界を止める」ように、今の働き方や生き方に、リモコンでポーズボタンを押してみましょう。そして何が問題で、どんな副作用を引き起こしているか、見極めることが次のアクションにつながるはずです。

Now or never.

Twitter/Facebook: @piotrgrzywacz

執筆協力:星野たまえ(プロノイア・グループ)

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